2012年2月24日金曜日

取り外し可能な上部トルーパー

ルーントルーパーズ -      あるべき姿④

 嵐の海を前に、蕪木はあの夜のことを回想していた。

「お願いします! 助けてください! 我ら、水底の王国を……!」

 フランシアがそう口にした時、蕪木と加藤は顔を見合わせた。

「ハミエーア陛下、会わせたい方というのは……」
「うむ、彼女、水底の王国の女王・フランシア殿じゃ」

 ハミエーアは扇子をぱたんと開いて顔を煽ぎ、自衛官二人を見つめた。

「どうじゃ、助けを求める者を捨て置かぬと思うたが?」

 彼女はどこか試すかのように二人に尋ねる。
 蕪木は額の汗を拭い、大きくため息をついた。

「……まずは話をうかがいましょう。我々に不可能なこともありますので」

 むしろ、法でがんじがらめにされた自衛隊という組織にはその不可能なことの方が多いのだった。おそらく、この国の人々を救うために行った先の武力行使も、越権行為に等しい。既にギリギリの線上に身を置いているのだ。
 いっそ、誰も咎める者がいないのだからと元の世界の法や常識を捨て去るという選択肢を取ることもできなくはない。だが、それは自衛隊が自衛隊でなくなることを意味し、同時にそれは、元の世界へ帰還するという意思の放棄に他ならない。元の世界へ帰還する意思がある限り、自衛隊は組織として自衛隊で在らねばならないのだ。
 英雄の証、というのがどんなものなのか、少し察しがついてきた。
 偏見を承知で述べるなら、この暴力が支配する異世界では、英雄の証とは、〝力〟を実証してみせることなのだろう。
 この、水底の王国の危機を救うという、実証をしてみせよということなのだ。
 蕪木はきな臭いものを感じながらも、ハミエーアの言う通り、自分達は国連軍所属として危機にある一般市民を救う義務があることも理解していた。

「だ、そうじゃ。まずは事情を話してみてはどうじゃ? フランシア殿」

 ハミエーアの言葉に、フランシアは頷いた。


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「はい。海の中で、異変が起きたのです……」

 彼女は述懐を始めた。

「我らの国は、一年を通して霧に包まれた、ご存知、〝人魚の海〟の奥にあります」

 ハミエーアが蕪木達に補足する。

「主達が初めて現れた場所じゃな。あの空間は酷う不安定で、現世とも冥界ともつかぬ、いわば世界の黄昏時とも呼べる陰陽が混じり合った場所なのじゃ。そして、そこから時折、この世界の別の世界を繋ぐ裂け目が現れる」

 加藤がハッとした。

「その裂け目は今もそこに!?」

 その裂け目を見つけることができれば、元の世界へと帰還することができるのではないかと考えたのだ。

「無理じゃな。言ったじゃろう? 不安定じゃと。裂け目 が今もそこに在ったとしても、止めた方がよい。裂け目の先が主が元いた世界とは限らぬのじゃ。主達ほどの大きな存在を引っ張ってくるには、よほどの魔法術が必要なのじゃ。それこそ、今は昔の古代文明の超魔法でもなければの」
「……あの士官室に現れた少女のような、ということか」

 加藤は唸る。単なる希望的観測で元の世界へ帰ることはできないということだ。ハミエーアはおそらく嘘は言っていない。確かに、次元を超えるなどという荒技を、単に裂け目に飛び込むなどという簡単な方法で再現できるとは思えない。最初に自分達を異世界へと跳躍させた、少女から現れたあの黒い物体は、もしかしたら次元跳躍の危険から艦隊を守るためのものだったとも考えられる。そう、自分達は人為的にこの世界へ飛ばされたのだ。

「……分かりました。まあ、帰還できるかどうかの話は今は置いておきましょう。フランシア陛下、失礼しました、話の続きを」
「ええ」

 フランシアは気分を害した様子もなく続けた。根はとても温厚な人物なようだ。タレ目の瞳がよりその印象を強くした。


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「異変が起きたのはつい2ヶ月ほど前のことです」
「フィルボルグ継承帝国に神聖プロミニア帝国が滅ぼされた前後じゃの」
「はい。本来は静かなはずの海の中も、その時を境に狂い始めたのです。魚は姿を消し、海草や珊瑚は枯れ果て、そして……地が割け、封印されたモノが目を覚ましたのです」
「封印されたもの?」

 蕪木が疑問を口にする。
 フランシアは俯き、肩を両手で抱いて震えた。

「ああ……恐ろしい……まさか、永遠に破られぬはずの封印が解かれてしまうなんて……」

 人魚の女王は、穏やかな海の中で起きた、地獄のような光景を思い出し、戦慄する。

「目覚めたモノは……レヴィアタン」
「レヴィアタン?」
「レヴィヤタン、地域によってはリヴァイアサンとも呼ばれるのう。神が天地創造の折、誤って作ったとされる、最強にして最凶の海の怪物じゃ。破壊神として祭る海洋部族もあると聞く」
「ゴジラみたいだなぁ……」
「ごじら?」
「あ、すいません話の腰を折って。どうぞ続きを」

 加藤は流石に不謹慎だったかと焦るが、彼女らはその単語の意味など知るはずもないので、幸い特に気分を害した様子はなかった。

「……レヴィアタンは継承戦争よりも太古の昔に海の英雄・コルブスと、同じくマーフォークの伝説の巫女・スアンによって封じられたと言われる伝説の怪物です。今となっては、レヴィアタンを再び封ずることも叶わない」
「どうしてです?」
「海の英雄コルブスほどの海中戦に長けた戦士は今の我が部族にはいません……コルブスはスアンとの禁断の恋の中で、海中で自由に戦う能力を身につけた例外的な人間だったのです」
「つまり、そんな規格外な人達が偶然いてくれたから封印できた怪物で、今はそんな人いないから再封印は不可能だと?」
「……挑まなかったわけではないんです」


"あなたはシアーズホームに住んでいますか? "

 フランシアはちらりと自身の親衛隊を見やる。
 蕪木は、彼女らの中に怪我をしたのか、海草の一種のようなものを包帯代わりに巻いている者が少なくないことに気づく。

「もはや、今のマーフォーク戦士の数では、レヴィアタンを追い払うことさえできません……最近は、水底の都への侵入を防ぐには、生贄を捧げている有様なのです」

 蕪木と加藤がぎょっとする。

「い、生贄とは……?」
「レヴィアタンは若い生娘を好みます。満足のいく娘を食えたなら、場合によっては数日は姿を現しません」
「なんてこった……」

 加藤はさすがに頭を抱えた。
 蕪木は真剣な表情で、女王の話に耳を傾けている。

「ですが、もう限界なのです……民衆から自分の娘を差し出せと命じるのは」

 フランシアはそこまで言うと、ううとむせび泣き始めた。
 ハミエーアが、彼女の代わりに二人に説明した。

「フランシア女王の一人娘が、一週間後に次の生贄になるのじゃよ」

 蕪木は大きくため息をついた。

「しばし、時間をもらえますか?」
「うむ」

 ハミエーアは短く応じる。予想済みだったようだ。

「加藤」
「はい」

 蕪木は加藤と共に席を外し、地底湖のほとりへ向かった。
 発光するコケの光に淡く水面が輝き、その光の色が二人の海上自衛官の純白の制服をその色に染め上げていた。
 二人はまるで世間話をするかのようにほとりに立つ。


「人魚のお姫様を救うミッションに、怪物退治ねえ。嘘みたいな任務ですね」
「で、彼らの救いを求める声に応じるのは合法なのか?」
「海に巣くう魔物を倒すのは、漁協から頼まれた害獣駆除の範囲で何とかなりませんかね?」
「そんな次元の話か?」
「書類上、どう写るかですよ。それか、国際法にのっとれば、リヴァイアサンがやっていることは明らかなジェノサイド、虐殺行為です。国連軍である自衛隊が、その阻止に動くのは問題ではありません。もっとも……」
「日本本国の許可も、安保理決議もなし、か」
「どうします。このまま見捨てても、後ろ指を指されるいわれはありません」
「マリースアの人々を救っておきながら、人魚だからと見捨てるわけにはいくまい」

 蕪木の顔には、苦悩の色が見て取れた。一見すると涼しげな顔をしているが、加藤にはそれが分かった。

「司令、あなたはお優しい人だ……」

 加藤の言葉に、蕪木は苛立たしげに応える。

「優しさで部下に戦争やりに行くと命令する馬鹿があるか」

 じゃ、と珊瑚礁の砂を踏み、答えを伝えるために、彼は再び神殿へと向かう。

「ふん、英雄の証か。英雄なんてもんはな、時と場所を間違えれば大馬鹿か狂人と相場が決まっているもんだ。俺はただの公務員でいたいんだがな。それが、自衛隊の、自衛官のあるべき姿のはずだろう」

 後ろをついてくる加藤に、あるいは、自分自身に向けて、彼はそう呟いたのだ� ��た。



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